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酔っぱらいおやじシリーズ 宮崎台 てんぷら「美かさ」さん

天ぷらの歴史を調べて見ますと。
「天ぷら」は、ポルトガル人によって日本に伝えられたものであった。
料理名の由来もポルトガル語の”Tempero”(調味料)からきているそうであります。
四季に行う斎日が語源という説もあるそうです。カトリックでは、四季に行う斎日(テンポーラ)で祈祷と断食を行い、その間は肉食を禁じ、代わりに野菜や魚に小麦粉で衣をつけて揚げた料理を食べていたそうです。
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日本の天ぷらの起源とされる「長崎天ぷら」は、安土・桃山時代にポルトガル人が長崎に伝えたといわれています。このときの衣は、水を使わずに小麦粉、卵、酒、砂糖、塩を混ぜたもの。厚いフリッター状の衣にはしっかりと味が付いており、食材と衣の両方を味わうものだったそうであります。

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文献に初めて「てんぷら」が登場するのは、江戸時代になってからそうであります。
1669年の「料理食道記」に「てんぷら」の名称が記されたのが最初だそうです。
現在の天ぷらと思われる料理法が最初に文献に登場するのは1748年に刊行された「歌仙の組糸」なんだそうであります。

ここには「てんふら」の作り方として、「てんふらは、何魚にでも饂飩(うどん)の粉まぶして、油にて揚る也。但前にあるきくの葉てんふら、又牛蒡、蓮根、長いも其他何にでもてんふらにせんには、饂飩の粉を水醤油とき塗付て揚る也」という記述があります。この頃には現在とほぼ同じ天ぷらが食べられていたようですね。
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東急の田園都市線の宮崎台にあります天ぷら「みかさ」さんで美味しい天ぷらをいただいております。
太香なのか太白なのか胡麻油の種類をご主人さんから聞きそぶりましたが、野菜種をいただいているときには感じなかったのですが、車海老をいただいた時に、口いっぱいに胡麻油の香りが充満致しました。その後も野菜種をいくつかいただいた時には、香りは感じません。鱚、鯊、穴子等をいただくと、やはり口の中で胡麻油の香りが立ちのぼります。
薄力粉、黄身ベースの卵水衣と胡麻油の含有量。
各天種による纏わりつく衣の量的な加減によるものなのか。やはり魚介類の方が、野菜種よりも衣の量を必要としているからなのか。
各天種の水分量の違いなのか。
もしかすると野菜は胡麻油の香りを出さない要素があるとか。
色々頭の中で思いついたことを帰りの電車の中で考えておりました。

神楽坂 日本料理「ささ木」さん

夏の食べ歩きツアー、最後に訪問させていただきましたのは
神楽坂にあります日本料理「ささ木」さん。
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神楽坂にあります「ささ木」さんのご主人のSさんとは当時は築地市場ではございましたが、青果市場で山葵等の妻物を買っております仲卸さんの芋松さんでほぼ毎日のように顔を合わしている間柄でありました。
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人形町にあります江戸前鮨の名店「喜寿司」さんの
常連でもありますSさん。
一昨年の夏の頃。
「喜寿司」さんの若旦那のYさんから、東向島に「うを徳」という店あるからと、御紹介をいただいたようで、行ってみたら、僕が店にいて主人だったので、びっくり仰天!僕もびっくり仰天‼️
昨日も市場でお会いして、暑いですねと挨拶していたのに…まさか次の日、うちにお見えになるとは。
お互いに苗字は知っていましたが、お店の名前は
知らなかったので、顔を合わせて、大笑い!
こんなこともあるんですね。
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「喜寿司」さんのYさんには大感謝。
Sさんに沢山のおもてなしをさせていただきまして、来年の夏にお店にお伺いするご約束をして、
本日を迎えることになりました。
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蛸の茹で加減。酢味噌の塩梅。分葱の下処理。
すべて基本に忠実なお仕事ぶり。

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冬瓜の包丁の入れ方。すっぽんのお椀に切り口が
崩れない絶妙な煮方。思わず凄いと感じ入りました。
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Sさん.一番好きなお店は、新橋にあります
「ひろ作」さんだそうである。
基本がしっかりしていて、所々に粋さが現れるお料理に憧れを持たれておられるそうであります。

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派手な仕事がもてはやされる傾向がある現代料理の
流れの中で、地味かもしれないけれど、基本に忠実なお料理をいただいておりますと、時にハッとする瞬間がございます。
Sさんのお料理をいただいておりますと、基本作業の大事さを感じ入りました。
ご馳走さまでした。


錦糸町「とり喜」さん

錦糸町にあります焼き鳥屋さんの「とり喜」さんのご主人のSさんと僕は同級生で、彼は同じ墨田区にあります錦糸中学出身で、僕は今は無くなってしまいましたが、向島中学出身でありました。
以前、5年ぐらい前だったかうちの店に
共通のお客様のMさんの計らいで御夫妻で
お見えになっていただいて、僕もその後、御礼の意味も合って、Sさんのお店にお伺いしたいとずっと思っていたのですが、なかなかチャンスが無かったのですが、今回、これまた共通のお客様であります御常連のTさんを通して昨年の夏にようやく念願の初訪問となった次第であります。
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せっかくなので、この機会に「焼き鳥」の歴史について調べてみました。
「焼き鳥」という名前の由来について。
毎年北海道に行くようになってから、北海道では
焼きとりというと、豚肉を焼いたものを指すことに
いつも違和感を感じておりました。
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豚などの肉を焼いたものを何故「やきとり」というのか調べてみますと、明治時代以前、野鳥を串に刺して焼いたものを「焼き鳥」と称していたそうです。
 現在のやきとり成立期の明治時代には、鳥の内臓以外にも牛や馬、豚などの内臓をやきとりと呼ばれていたそうです。そもそも、内臓肉を焼いたものを「やきとり」としていた称していた可能性が高
く、その名残りとして北海道や埼玉県の一部で今でも残っているのだと考えられるようです。
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野鳥を焼いて食べるという行為は、古くは
平安時代からあったようです。
室町時代の頃には、鶉を捌いて焼いて食べていた
そうです。
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その後江戸時代になりますと、各種多彩の野鳥を食べるようなったそうでして、
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しぎ類、うずら、ひばり、小鳥類、雉子、山鳥、ひよ鳥、つぐみ、雀、鷺類、鳩、けり、鷭(ばん)」をそれぞれ捌いて、串焼きにして「各種の焼き鳥」
を食べるようになったそうです。
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調理法としては、
「鳥を串に刺し、薄霜ほどに塩をふりかけ焼き申し候。よく焼き申し時分、醤油の中へ酒を少加え、右の焼鳥をつけ、又一変つけて其の醤油の乾かぬ内に座敷へ出し申し候」
と合類日用料理抄という書物に書かれておられます。
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全国の焼き鳥の色々。
美唄(北海道)
北海道美唄市において、鶏の正肉と、内臓(きんかん、レバー、ハツ、砂肝等)と皮を1本の串に刺した2種類を塩コショウの味付けで食べる。美唄焼とりというものがあるそうです。
室蘭・函館などの道南地方(北海道)
道南地方の焼き鳥は豚肉を用い、室蘭やきとりは豚肉とタマネギを使用し、からしをつけて食べるそうです。
鶏肉で作る場合は「鶏肉の焼き鳥」「とり串」「とり精」などと呼んでいるそうです。
盛岡(岩手県)
盛岡競馬場(岩手県盛岡市)の屋台村では「ジャンボ焼き鳥」が名物となっておるそうでして、市内の焼き鳥店も同様の焼き鳥を提供する場合が多いそうです。使用される鶏肉は大きく、これを2-3個串刺しにして焼く。味付けは塩であり、唐辛子をふりかけて食べるそうです。
寒河江市・西村山郡(山形県)
山形県の寒河江市および西村山郡のやきとり屋では豚肉を使用したものが一般的なんだそうです。豚足の塩ゆでを串焼きにして提供しているお店もあるとか。
福島県
福島県では平成13年より焼き鳥による町おこしを検討し「福島焼き鳥党」が設立されているそうです。県内では「福島焼き鳥」と地鶏を使用した「いいとこ鶏」を広めているそうです。福島市で2007年に「第1回やきとリンピック」を開催し、世界焼き鳥党は「ルワンダ焼き鳥」を認定メニューとしたんだとか。
東松山(埼玉県)
埼玉県東松山市の焼き鳥は、豚のかしら肉を用い唐辛子などをブレンドした味噌だれを塗って食べるそうです。「やきとり」を頼むとカシラが出され、タン、ハツなど他の部位にもネギをはさんで串に刺すそうです。韓国出身の「大松屋」さん初代店主が1958年に考案し、周辺の店に教えて定着したそうです。かしら肉の共同購入などのため1962年に結成された東松山焼鳥組合は、日本初の焼き鳥店同業組合であるそうです。
東京(東京都)
かつて江戸時代の神社参道などでは雀を主とする焼き鳥の露店が多かったようですが、その後になって他の肉も使用されて、その後全国に広まっていった歴史があるようです。
使用する肉・部位はもも(鶏もも肉)が多く、ネギマとすることも多いそうです。また昔と変わらない雑司ヶ谷にあります鬼子母神前では雀の焼き鳥を出す店もあるそうです。
上田(長野県)
長野県上田市では昭和30年代より、醤油ベースのニンニク入りタレに漬ける食べ方が普及し、2011年には「美味だれ焼き鳥」と名付けられたそうです。
今治(愛媛県)
愛媛県今治市では、串に刺さず鉄板で焼く「焼き鳥」が広く出回っておりようで、これを取り扱う店舗が多数あるそうです。いわゆる串焼きの「焼き鳥」を扱う店舗も多数あり、これらを総して「今治焼鳥」「鉄板焼鳥」などと呼ぶ、独自の食文化があるそうです。
長門(山口県)
山口県長門市には「豚バラの焼き鳥」があり、鶏肉・豚肉・野菜を串焼きにして食べることが多いそうです。
一味・七味だけではなくガーリックパウダーで食べるのが特徴なんだとか。
久留米(福岡県)
福岡県久留米市には屋台が多いそうでして、材料も鶏肉や豚肉のほか牛肉、豚もつ、野菜、魚介類(イカ、ホタテ、シシャモなど)を串焼きにしたものなどが供されているそうです。福岡市を中心に豚足も同様に供されることがあるそうでして、味付けは塩が中心だそうです。
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「とり喜」さんのある錦糸町の街の名前の由来も気になったのでこの際調べてみました。
区史には次のように記されています。
「錦糸町はもと錦糸堀と称した。錦糸堀は、文政町書上(1818~29) (町名の由来などを書いてある文書)によると“岸堀”で、堀通りには御材木蔵があり、その岸通りに沿った町並みであった。大部分は武家地であったが、明治初年(1868)に上地(政府に返還した土地)となってから、これを併合して一町となし、付近にあった錦糸堀にちなんでこの町名とした。明治2年(1869)には、元亀井戸村飛地字矢場耕地を編入した。しかし、総武鉄道が敷かれ、町内にかなりの部分がその敷地となったので、民家の多くは失われた。」一説には、この地に三味線・琴の糸をつくっていた家が何軒かあったことから、その名がついたともいわれます。地元では、このように言う人が多いようです。また朝夕の日の光に掘割の水面が美しく照り映える光景が、その名前の由来だという説もあります。近隣町名に柳島、石原、亀戸など海辺に関連した地名が多いことからしても岸堀説が正しいと考えます。これらの地名は、この一帯が隅田川河口のデルタ地帯として、町のすぐ側に海岸線が伸びていたことを物語っています。古い地図によると、錦糸1,2,3丁目の大部分は元は太平町であり、楽天地あたりは錦糸堀になっていましたが、その後、現在のような錦糸町の区割りが出来上がりました。
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「とり喜」さんのご主人Sさんの焼き鳥の特徴は、
端的に言えば妥協しない煙の無い焼きの徹底に尽きるのかなぁと感じました。
煙らないよう、煙らないように丹念に丁寧に優しく扇ぐ団扇。Sさんの焼き作業に真摯に向き合うその姿勢が、こちらのまさに醍醐味なんだろうなぁと感じ入りました。
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中でも個人的には、優しく焼かれた温もりを感じる砂肝の焼き鳥は、今まで食べた砂肝の概念を変えてくれたこの日いただいた焼き鳥でナンバーワンではないかと感動いたしました。
この日の貴重な御席に同行していただきましたTさんには厚く感謝申し上げます。ご馳走様でした。

旭川 心満たされる素晴らしきお店 「季節の料理と鉄板焼き ぐるり」さん

当店のお客様でもありますご主人のNさんは、当店にお見えになられるときは、とってもインパクトのあるお洒落なファッションで来られる。
またお見えになる度にいつもセンスの良い帽子を被られて、またその姿が実にカッコいいのである。そこにはNさんの男としての気合いというのか、まるで役者のような色気を感じるのである。
僕自身旭川に来たのは今回で2度目になる。
前回は旭山動物園に行くのが目的だったが、
今回は、こちらNさんのお店の「季節の料理と鉄板焼の店ぐるり」さんを伺うために来たのが目的である。
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旭川の街の名前の由来を調べてみると、
旭川市内を流れる忠別川をアイヌの方が「チュクペッ」と呼んでいると和人が聞き取り、それを「チュプペッ cup-pet :太陽 川(転じて)日が昇る川」と解釈して、1890年(明治23年)に旭川と命名されたものであるとのことだそうである。
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平成23年に数えて4代目になるそうである新しい駅舎に生まれ変わった旭川駅。
今回で二度目の訪問となる駅を降りてもそのモダンな意匠に驚かされます。ホームから階下への改札までの壁を見ますと、多くのお名前が書かれたプレートが貼られておりまして、この駅が何千人か何万人かは分かりませんですが、一部寄付のようなもので出来ているのかなぁと思わされているのが分かります。そのことがとっても素敵だなぁと…。
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旭川駅から程近いホテルにこの日の宿をとりまして、チェックインし荷物を部屋に置いてから、直ぐにNさんのお店の「ぐるり」さんへと向かいます。
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5年ぶりに訪れた旭川の街をゆっくりと歩み始めます。前回の時にも思ったのですが、東京にはない街並から感じる空気感。道幅の広さだったり、ひとつひとつの建物の大きさが、同じ北海道の札幌とはまた違う趣き。同じ日本とは異なる大陸にいるような錯覚を覚えます。スケール感が違うので、自分が普段歩く歩幅を割り増して歩くような…。
実際には変わらず歩いていると思うのですが、
歩いていてもぎこちなさを感じてしまっております。
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Nさんのお店の「ぐるり」さん、昨年3月に新たに旭川駅からほど近いカンダホテル内の一階にお店を移されて第二幕を開けられたそうであります。いつかは伺って見たいとずっと思っていましたが、この度ようやく念願が叶うことになった次第であります。いやあワクワクしますね。胸の高鳴りが凄いです。

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道中、少し迷いましたがようやくカンダホテルさんの建物を見つけて、ホテル内に入って行きます。
ホテルの一階はいろいろなお店があるんですね…。
中程まで歩いて行きますと、ありました!
ここですか、木目調の素敵な入口のドアが目に光ります。
一呼吸をしてからゆっくりとドアを開けて見ます。
「こんばんは〜Kですが、、、」
厨房内のNさんの素敵な笑顔が目に飛び込んで来ます。
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Nさん、ようやく来れました…。素敵なお店ですね。
どうぞこちらに…。
ありがとうございます。
着席し、エビスビールで乾いた喉を潤したあと、
今宵のNさん劇場の幕が上がります。
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うわぁ最初からキャビアですか!
礼文島の馬糞雲丹との絡みがまたなんですか、これ。凄い。ホワイトライスクリームもとっても美味しいです。ぐっときました。
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満願寺獅子唐の火入れが完璧。
Nさんのテクに唸ります。
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バター風味のズワイガニのお味に思わずハッと致しました。こういう味わいもあるんですね。
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鮑の火入れはいつも悩みます。
蒸し鮑にする場合は、ある程度、過去の蓄積した経験値がありますのは、最適化する事が出来るのですが、ソテーの場合は、僕自身も経験値が少ないので、これだ!という火入れがまだ僕自身も掴めないでおります。Nさんの鮑のソテーの火入れも一つの
提案になると思います。良いアイデアをいただいたと思います。
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Nさんのテクニカルな鉄板焼きのお姿を拝見して、
鉄板焼きの歴史が知りたくなったので、あとで調べてみました。
料理人が鉄板で牛肉などを調理してカウンター越しに客に提供するスタイルは、1945年に神戸市のステーキ専門店「みその」さんが寿司店から着想を得て始めたものだそうである。料理人の見事な手捌きも楽しませる鉄板焼き店のサービスは外国人に好まれ、「みその」さんは今でも日本国外からの有名な観光スポットとなっているそうであります。
「ビフテキ」を「ステーキ」と言ったのもみそのさんの創業者の藤岡重次さんによるものだそうです。
あと。多くの鉄板焼屋さんで見かけるキャップも創業者の藤岡重次さんが生み出したものだそうです。進駐軍の前で肉を焼いていたときにはねる油を防ごうと、フライパンをかぶせたのが始まりだったとか。かぶせることで肉の風味が引き出される効果があると気付き、以後、鉄板焼ステーキ定番の調理法となったようです。
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丁寧に焼かれたお肉を藻塩でいただく。
藻塩とは、
ホンダワラという海藻が使われることが多いのだとか。海藻を何層にも重ねて潮水をかける……という工程を何度も繰り返して作るそうであります。
そして、海藻にたっぷりと海水を含ませて火にかけ、上澄みになったものを煮詰めれば藻塩の完成だそうです。
個人的にはいつか、この藻塩を使ってしゃり酢を
作ってみたい衝動に駆られました…。
果たしてどんな味わいになることでしょうね。
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お料理の締めには、ガーリックライスを。
添えられた蟹のお出汁でとられたお味噌汁が
滋味深くとっても美味しかったです。
ここにNさんの優しいハートを感じました。
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築地市場からわざわざお取り寄せになられる
珠玉の果物がまた、素晴らしくて。
そのお気持ちに深く心が突き刺さります。
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Nさんの素晴らしきお心のこもったおもてなし。
忘れられない旭川での一晩に
なりました。
ありがとうございました。
m(_ _)m
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原宿 東坡(トンポー)さん

激辛麻婆豆腐が有名なお店だそうですが、
僕的には、人生で初めて苦手なパクチーが
美味しいと思えたお店でございました。
ご主人さんが作られるすべてのお料理に技がありとっても美味しかったです。
また、ご主人さんのお話ぶりにも懐の深さを感じ、人間力の大きさを感じました。

東坡さん名物の超激辛麻婆豆腐をいただいて、中本さんの北極を思い出してしまいました。とっても辛かったですが、じんわりとした美味しさがありまして、また食べたくなる味わいでした。辛い物好きで有名なアナウンサーの高橋真麻さんが毎週来られるのも良く分かります。

Sさん、Iさん、素敵なお店に御招待していただきまして誠にありがとうございました。m(_ _)m