ご機嫌いかがですか?
いま、そのときに思っていること、感じたことを、述べたらなと思う次第であります。

プロフィール

こみけん

Author:こみけん
FC2ブログへようこそ!



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



最近の記事



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



新シリーズ 十勝平野は、スペインアンダルシア地方風景に似ているらしい。

スペインのアンダルシア地方の古のイスラムの街並みが残るカルモナという小さな街を旅行していた時に、当時泊まったカルモナのパラドール(国営ホテル)からの眺めを観てこの風景は、同行者の方が北海道の十勝平野の風景に似ていると聞こえた。
へぇそうなんだ。十勝に行ったことない自分にとっては、その一言がとっても興味を抱いたのを覚えております。そして、いつの日かこの目で十勝平野を眺めて観たいなと思うようになりました。

十勝の名前の由来を調べて見ますと、
アイヌ語で乳を意味する「トカプチ」が語源と言われるそうでして、十勝川の河口が乳房のように二つに分かれていたのが由来とされているそうであります。

帯広の名前の由来を調べて見ますと、
アイヌ語で「川尻が幾重にも裂けているもの」を意味する「オ・ペレペレケ・プ」が語源だそうです。幕末から明治初期の記録には「オペリペリケプ」「オベレベレフ」「オベリベリ」などの記載も残るそうでして、いずれも帯広川が札内川に合流する直前で、幾重にも分流することに由来しているそうであります。


北海道にある空港では、函館や新千歳空港以外では初めて降り立った十勝帯広空港。
自分の人生の未体験ゾーンに入った感覚。
これから何が待っているのか、かなり
ワクワクした気持ちが頭の奥底から湧いてきております。空港を出た瞬間、それまで北海道では感じたことがない爽やかな空気に驚きました。
これまで訪れた函館、札幌、旭川、余市、小樽、美瑛、富良野とはまた空気が違う。
未体験の空気感。うまく表現出来ませんが
ヨーロッパに似た空気感と言えば良いのでしょうか。これまでの日本では感じたことがない空気感。
同じ北海道でもこうも違うのかと、ちょっと驚きました。

空港近くのレンタカー屋さんで車を借りて、十勝帯広巡りがはじまりました。
十勝市街地を抜けると、一本道が永遠に続くのかというくらいに真っ直ぐの道を進んでいきます。更別村に立ち寄りました。長閑な風景ですね。
この辺りは酪農をされているところが多く、牛や馬の姿を多く見かけました。


次に十勝にあります田中さんがオーナーの花畑牧場に向かいます。

スペインアンダルシア地方カルモナにありますパラドールからの風景。

魚沼で候う


魚沼の米の稲刈りは、既に終了しておりました。当店で扱っております鶴齢さん、八海山さんの酒造さん巡りはとても良い経験になりました。お酒を作るというのは実に大変な作業なんだなぁと改めて実感いたしました。
お酒を提供する側としては、もっと大切に扱わなければと思った次第でございます。


あなたと越えたい天城越え ラスト

この旅の目的である天城越え。
天城峠を湯本館に向かう途中、バスでは新道を通って一度は越えましたが、
やはりここに来た以上自分の足で越えたいと思いまして、天城峠のバス停を目指しました。

天城峠のバス停で降りまして、そこから旧道の道が側にありまして、そちらに進むことになりました。
道は、かつては川端康成氏も歩いただろう風景もそのまま感じで緑豊かな景色。立派な木々、沢の水の流れる音。
途中に山葵棚もちらほらとありまして、立ち止まっては、じっと眺めておりました。
明治、大正、昭和の初めの頃は、みんなこの道を歩いて下田や、修善寺の方に向かっていたんだなぁとそんなことを思いますと、感慨深いものを感じます。

天城山隧道(あまぎさんずいどう)。
1905年(明治38年)に完成した、全長は445.5メートルもありまして、アーチや側面などすべて切り石で建造された日本初の石造道路トンネルであるそうでして、日本に現存する最長の石造道路トンネルでもあるそうです。
このトンネルをいつか、潜ってみたいと、
ずっと思っておりました。

暗い(苦笑)、進むにつれ、トンネル内の暗さが深まってきたように感じます。灯りは気持ち程度、確かにありましたが足下の状況がはっきりと分からないので、結構慣れるまで、ドキドキしたスリル感のような戸惑いを感じます。トンネル内は、水分がかなりあるように思え、冷んやりした空気が流れておりました。時に結構水溜まりのようなところもありまして、歩くのも意外と難儀する部分もありました。
半分ぐらいは来たでしょうか?その時でした。背後から、物凄い明かりが鮮やかに見えました。最初は、その光の素が分からなくて、何だろう?と思いましたら、車のエンジン音がして、ヘッドライトと即時判明致しました。
ここ、車も通るんだ、その時知りました。
車が通るにしては、ギリギリの幅で、横を通り過ぎた時には車との距離の近さに少し驚きました。


前方に出口の明かりが見えてきました。何だかホッと安堵するものを覚えます。
もう少しでこの小旅行も終わろうとしております。
20代の初めにいつかは訪れてみたいと思ったここ天城峠、ついに念願が叶いまして嬉しかったです。
この旅で何を得られたのかは、分かりませんでしたが、自然の有り難みは否応なく感じた次第でございます。

舞い上がり 揺れ落ちる
肩の向こうに あなた 山が燃える
何があっても もういいの
くらくら燃える 火をくぐり
あなたと越えたい 天城越え

石川さゆりさん「天城越え」より

このシリーズ終わります。



あなたと越えたい天城越え パート7

浄蓮の滝は、伊豆市湯ヶ島にある滝で、
日本の滝百選の一つに選ばれている滝でも
あります。
滝の名前の由来を調べて見ますと、かつてこの付近に浄蓮寺という名前の寺院があったことにより、その名前が付けられたとのことだそうです。

推定一万七千年前に出来たとされるこちらの浄蓮の滝。先程後にした湯本館さんの側を流れていた狩野川の上流域にあたるこちらは、滝の落差25メートルもあるそうで、そばに近寄ると、時に水飛沫も感じられて圧倒的な水量で迫力を感じます。

こちら浄蓮の滝は、山葵栽培地としても有名なところなんだそうです。
伊豆天城地方の山葵栽培の歴史を調べて見ますと静岡駅から安倍川沿いに30キロメートルほど北上した山間部にある静岡市葵区に有東木(うとうぎ)という場所があるそうです。
この有東木は、全国で人の手によるわさび栽培が広く普及する最初の地とされているそうであります。
その有東木から、わさびの苗を持ち帰り、伊豆でワサビ栽培を始めたのが、天城湯ヶ島(現伊豆市)で山守を務めていた板垣勘四郎という方。彼は、椎茸栽培を有東木の住民に教えにいった際、ワサビ栽培を天城でも行いたいと思い立ち、ワサビの苗を譲り受けたのだというそうです。
それからここ、伊豆天城地方で山葵栽培が始まったそうであります。

山葵はアブラナ科山葵属の植物で日本原産のものとされてます。
一方、ヨーロッパにはフィンランドが原産の西洋山葵というものがございます。日本には明治時代の頃に北海道に食用として導入されたそうであります。
現在ではアメリカのイリノイ州で作られたものが世界の8割を占めているそうであります。

沢で作られる山葵の種類には大きく分けて
二つの種類があります。
実生系(みしょうけい)と呼ばれるだるま山葵。
真妻系(まづまけい)と呼ばれる真妻山葵。
だるま山葵は上品な辛味とまろやかさが特徴で、茎や根茎が淡い緑色で、栽培期間は1年~1年半で成長が早く栽培しやすい品種なんだそうです。
一方、真妻種は山葵の最高品種ではあり、
真妻種は強い辛味の中に淡い甘みがあり、香りや粘りも優れています。茎や根茎に赤紫色が混じっているそうです。難点は、
長年の栽培により形質が退化し良品を得にくく、栽培期間が1年半から2年以上と長く栽培が難しい点、実生品種に比べて収益性が厳しい点が挙げられるそうです。
伊豆の天城地方での山葵栽培は、1958年まではだるま山葵栽培が主だったそうです。
1958年にこの地方を襲った狩野川台風により、この地方の山葵栽培が壊滅状態になったそうです。
その後、昭和36年、静岡県のわさび生産者29名が関西方面への研究旅行をおこない、その最終地として和歌山県にあります印南町川又(旧真妻)を訪れ、わさび田の視察をおこなったそうです。
当時、真妻のわさびは優良でその後も静岡から苗の購入に来る生産者もいたそうです。当時の静岡では「真妻まいり」という言葉が生まれた程、苗の確保に必死だったといわれ、静岡では真妻種の優良品選抜などをおこない、多くの生産者が真妻種を導入し、それが全国へと広がっていったそうです。しかし、
現在では、静岡でも実生品種に比べ栽培期間が長いことや適地の減少などを理由に、真妻種の栽培は全体の3割ほどにまで減少していっているそうです。


浄蓮の滝側にあります売店で、わさびソフトクリームをいただきました。
下で山葵栽培をしているところですから、本山葵で作られたソフトクリームなんだろうなと思いましたら、食べたら粉の山葵のソフトクリームでした。
思わずズッコケてしまいました。ʕ⁎̯͡⁎ʔ༄

あなたと越えたい天城越え パート6

松本清張氏が書かれた小説「天城越え」
もまた、川端康成氏が書かれた小説
「伊豆の踊子」と同様に天城峠を舞台に書かれた小説であります。

伊豆の踊子と同時代を舞台設定にした小説
であり、内容は主人公の10代の少年が殺人を犯してしまうかなりのサスペンスに満ちたものになっております。

石川さゆりさんが唄われた名曲「天城越え」は、作詞を担当された吉岡治氏が
松本清張氏の「天城越え」をモチーフにして書いたとされているそうです。


湯本館さんでの朝ご飯はじつに
美味しかったです。
小鳥たちのさえずり、狩野川のせせらぎの音、起きたてにいただきました美味しいお水…。心が洗われる気分であります。
焼きたての一夜干しの鮎、わさび漬けの奥行きのある味わい。やはり山葵の本場、市販品のものとは一味違います。ご飯がとっても美味しく感じますね。

川端康成さんもこちらの湯本館さんで朝ご飯をいただくひとときを実にこよなく愛されていたのではないかと思ったり致しました。やはり朝のひとときがこちらは一番ですね。絵も言えぬ清々しさが素晴らしいです。

爽やかな気分を感じながら、宿のスタッフの皆様に丁重に挨拶をして、次の目的地に向かうことに…
湯ヶ島温泉のバス停からバスに乗り、
浄蓮の滝のバス停に到着。