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大分県姫島の天然車えび

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だいぶ昔の話になりますが、僕が中学生だった頃まで、地元に名医と呼ばれていたお医者さんがおられました。
名医と言っても、病気や怪我をしっかり治していただけるという意味ももちろんあると思うのですが、それ以上に患者さんに対して、そこまでしていただけるの?というくらいに、親身になって接していただけるという意味合いの方が、どちらかと言えば、お強い先生だったように思います。
僕が中学2年生ぐらいの時に、ちょうど今の店の隣に父の兄にあたる叔父さんの店がありまして、割烹魚徳という店を営んでいたのですが、その連れ合いの叔母さんが、五人の子供の世話、日々の店の仕事、お祖母ちゃんの世話などの忙しさに追われたこともあったと思うのですが、運悪く胃癌を患い、掛かり付けのお医者さんにみてもらった時には、既に末期の症状の診断でございました。僕も隣に住んでいたものですから、叔母さんには色々と何かとお世話になることもありましたし、僕の母と同い年ということもあり、同じ嫁同士ということもあり、母とはお互いに助け合いながらしているのを子供ながら見ておりました。M先生は、そんな叔母の症状にも、決して諦めることなく、できる限りの熱心に治療していただいたと聞きます。連日のように、ご自分の働く診療所の仕事を終えられてから、必ず叔母のもとに往診に寄って下さったとあとで叔父から聞きました。今の発達した医療なら、ひょっとすると叔母の命も助かったかもしれませんが、当時としてはM先生を含めて色々な方々の最善を尽くされた甲斐もなく、残念ながら、叔母は41歳という若さでこの世を去ることになりました。僕自身にとっても多分初めて感じた身近な人の死。周りの人達の嘆きも尋常ではなかったと記憶しております。そんな中でも、M先生の熱心な診療は、唯一と言って良いくらいの親族にとりましては、心の救いとなったものでありました。その後、M先生の診療を受けた方々の先々で聞くM先生の心温まる、本当良い先生だったというお話。やはり皆さん同じように感じていらっしゃったんですね。それから数年後して、地元の方々にはとっても残念なお話だったのですが、M先生は大分県の国東地方にあります姫島という所へ医師不足の依頼を受けて赴任されて行かれました。M先生が姫島に赴任してからも、お付き合いの流れから、年に一度の年賀状のやり取りだけは続いておりました。それから数年後のある時に、NHKのあるドキュメンタリー番組で、新日本紀行だったか、大分県の国東地方の姫島を取りあげた番組を偶然にも見る機会がございまして、その中で、あのM先生がリーダーとして姫島の地元の地域医療に携わっているお姿が撮されておられました。まるで英雄然のお姿を久しぶりに拝見しまして、変わっておられないなぁと、家族一同で頷いたのを覚えております。
父がなくなってからは、年賀状のやり取りは終わりましたが、今でもご健在でおられますと、80の半ば頃のお歳。

築地でも時期になりますとたまに見かけます姫島産の車エビ。

姫島産と言いますと、M先生のことを今でも思い浮かべてしまいます。


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