ご機嫌いかがですか?
いま、そのときに思っていること、感じたことを、述べたらなと思う次第であります。

プロフィール

こみけん

Author:こみけん
FC2ブログへようこそ!



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



最近の記事



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



初めての日光 パート2

日光駅を出ますと、遠くに日光三山と呼ばれます男体山、女峰山、太郎山が連なった雄大な山々の姿を目にすることができます。
日光の名前の由来を調べて見ますと、
有史以前、アイヌ人がこの地にいた頃
この地がかなりの熊笹が茂っていたこと
により、アイヌ語で熊笹のことを、
フトラと言い、その後、それが訛って
フタラと呼ばれるようになったとか。
男体山は別名二荒山(ふたらさん)とも呼ばれているそうで、奈良時代の頃にこの二荒山の麓に勝道上人さんという御坊様が四本龍寺、今の輪王寺を開かれたそうであります。

平安時代の始めの頃に、遣唐使から戻られた香川県善通寺市出身の佐伯真魚さん、のちの弘法大師さんこと空海さんがこちら、二荒山を訪れたそうで、この二荒という字が良くないと、日光という字に書き改めなさいと、半ば強引に二荒山を日光山に直させたそうです。多分、真言宗の開祖でもあります真魚さんが大日如来を掲げる趣旨もあったの
でしょう、太陽の光を現す言葉を用いた方が、何かと自身にとってもご都合がよかったのかもしれません。
一方、長年二荒山という名前で親しんでおりました地元民の方々は、これにはかなり猛反対されたそうでして、
いくら偉いお坊さんの考えだろうが、こちとら、長年使っていた名前をこっちの気も考えずに勝手に変えやがってと
地元民の方々の間ではずっとシカトして二荒山で通したようです。何となく僕の地元の駅、東向島駅、かつては玉ノ井駅、
今ですと東武スカイツリー駅、かつては業平橋駅という名前を強引に変更させられた
、という話にも似ている様な・・・・。
僕の街にも玉ノ井商店街通りという通り名がかすかに残っているように。こちら日光にも
二荒山神社という名前が今でも残っているのが、せめてもの地元民の抵抗のようにも思えてしまいました。

日光駅からバスに乗り、大谷川にかかる神橋を経て、日光山輪王寺前のバス停で降りまして、最初の目的地の
輪王寺に伺ったのですが、あいにくこの日は輪王寺の平成大修理中の期間でありまして、
輪王寺が解体中であったため、もうひとつ、醍醐味のようなものを感じることは残念ながら
できませんでした。
また機会を改めて、こちらにはもう一度行かなければなと思った次第でございます。

この記事に対するコメント

このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2015/01/18 10:40】 | #[ 編集]


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://maguro39.blog123.fc2.com/tb.php/1739-be57bec3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)