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20代からの憧れのお店訪問 元赤坂「懐石 辻留」さん パート3

久保田万太郎さん
浅草は田原町出身の方。御実家は足袋の生業を営んでおられたとか。
ご両親は養子さんだっとかで、日々の仕事に追われて、お祖母様に育てられたそうでして
おばあ様は大の芝居好きの方だったそうでして、まん太郎さんの少年時代はおばあ様に連れられて
よくお芝居を見に連れられていったそうであります。

久保田万太郎さん年譜(日曜詩人上杉氏のHPより抜粋)

1889(明治22) 1 11月7日、東京浅草で生まれる。家は袋物屋。
1903(明治36) 14 3月、府立三中(今の両国高校)入学。三年生の頃から俳句をはじめる。
1909(明治42) 20 慶應義塾大学部予科文学部入学。
1911(明治44) 22 編集長永井荷風教授の「三田文学」に小説「朝顔」掲載。
1914(大正03) 25 4月、大学卒業。演劇月評、戯曲、小説を執筆
1916(大正05) 27 句楽会に入り、21歳の頃から中断していた句作再開。
1919(大正08) 30 慶應義塾嘱託となり、芸妓今龍、本名京と結婚。
1921(大正10) 32 長男耕一生まれる。
1933(昭和08) 44 黒木はると知り合う。
1935(昭和10) 46 11月、妻京死去。12月、黒木はるとの間に佳子生まれる。
1936(昭和11) 47 黒木はると別れる。
1942(昭和17) 53 菊池寛賞受賞。
1945(昭和20) 56 5月、空襲に遭う。6月、父、8月、母死去。11月、鎌倉に転居。
1946(昭和21) 57 三田きみと結婚。
1947(昭和22) 58 7月、日本芸術院会員となる。
1951(昭和26) 62 NHK放送文化賞受賞。
1955(昭和30) 66 東京文京区湯島天神町に転居。
1957(昭和32) 68 2月、長男耕一死去。11月、文化勲章受章。三隅一子と同棲。
1962(昭和37) 73 三隅一子死去。
1963(昭和38) 73 5月6日、梅原龍三郎邸で赤貝を誤飲し、窒息死(享年73歳)。

グルメだった万太郎氏の行きつけのお店
うなぎなら京橋の”小満津”
鳥なら池の端の”鳥栄”、
てんぷらなら銀座の”ハゲ天”。
日本料理なら高輪の”志保原”、銀座の”岡田”、日本橋の”まるたか”。
西洋料理なら東京會舘の”プルニエ”、銀座の”文春クラブ”、新橋の”アマンド”。
すしなら浅草の”美也古”、浜町の”すし文”。
蕎麦なら仲町の”蓮玉”、連雀町(神田淡路町2丁目)の”藪”、銀座の”よし田”。
(中央公論社・久保田万太郎全集第15巻525頁)。
 
残念ながら久保田万太郎氏の小説、俳句はまだ僕はよく読んでいないので、
この機会に今後折を見て読んで行きたいと思っております。


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【2015/04/11 08:54】 | #[ 編集]

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【2015/04/16 03:19】 | #[ 編集]


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