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東北巡礼の旅 パート6

奥州藤原氏4代目の泰衡氏は再三の鎌倉の圧力に屈して、「義経公の指図を仰げ」という父の遺言を破り、
閏4月30日、500騎の兵をもって10数騎の義経公主従を藤原基成公の衣川館に襲った(衣川の戦い)。
義経公の郎党たちは防戦したが、ことごとく討たれた。館を平泉の兵に囲まれた義経公は、
一切戦うことをせず持仏堂に篭り、まず正妻の郷御前と4歳の娘を殺害した後、
自害して果てた。享年31であった。

義経公の首は美酒に浸して黒漆塗りの櫃に収められ、新田冠者高平を使者として43日間かけて鎌倉に送られた。
文治5年(1189年)6月13日、首実検が和田義盛公と梶原景時公らによって、腰越の浦で行われた。泰衡公は同月、
義経公と通じていたとして、弟の藤原忠衡公を殺害したが、結局、直後の奥州征伐で、源頼朝公によって滅亡される
運命を迎えることになる。


時間の都合で源義経公最期の地であったと言われる衣川館跡地に伺うことはできませんでしたが、
念願でありました平泉の地をようやく訪れることが出来て、非常に満足いたしました。
冷えきった身体を、帰りのバスならびに平泉の駅舎の中で温めなおして、今夜の宿のある
宮城県の作並温泉まで旅を進めることに。



行きの途中で買った一ノ関駅で売られていた前沢牛のすき焼き弁当をようやく口にする。身体の寒さもようやく取れて、疲れていたのかうつらうつらとしていつの間にか眠ってしまいました。


仙台駅の再び舞い戻り、ここからは仙山線に乗り換える。
今夜の宿のある作並駅に着いたのは日もすでに暮れて、すっかり夜の帳も降りた頃でありました。

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