ご機嫌いかがですか?
いま、そのときに思っていること、感じたことを、述べたらなと思う次第であります。

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東北巡礼の旅 パート7

宮城県の作並温泉に凄腕の料理人の方が
おられるという噂は本当でありました。
今回は1人一万円以内のお安い料金の宿泊料でしたので、それほど期待はしていなかったのですが、食材の質はやはりお値段なりのものでございましたが、お椀の吸い地を飲んだ時、衝撃が走りました。
一口いただいた時の透明感のある清らかなお味、それでいてぐいっと胸を掴まれるような奥行き。まるで京都桜田さんを思わすような吸い地。けがれのない瑞々しさを伴いながらも伸びやかな力強さもチラリと見え隠れもしておられます。
一口いただくたびに自分の全身に力が漲っていくようでありました。
これほどの吸い地は本当久しぶり。
前述の桜田さん以来かもしれません。
お椀の吸い地だけでこれだけ感動させられらるこちらの料理長さんの腕前に圧倒された気分でございました。
料理に高級な食材がなくても人をこれだけ感動させることができる。
料理って実はこういうものなんだろうなぁと改めて教えられた思いがいたしました。

翌朝早朝、料理長さん直々の駅までの送迎車の運転をしていただきまして
作並駅まで送っていただくことに。
また機会があればこちら「湯のはらホテル」さんにお伺いしたいと思いました。

仙山線に乗り次の目的地の山形県にあります「山寺」に向かうことに。
この旅三県目となる山形県に来るのは、約12年振りぐらいになるでしょうか。 当店のお客様でありますS様のおられます山形。
山形県の名前の由来を調べてみますと
山形県の「山形」は、平安初期の資料「和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」に今の山形市の南側を「山方(やまがた)郷」と言ったことに由来があると言われているそうです。ここを山方と言ったかは不明だそうですが、今の山形市より見て南のほうには、山岳信仰で知られた蔵王、瀧山(りゅうざん)の山々があり、
そののちこの山方という地名は、いったん資料から見えなくなるそうですが、南北朝時代に斯波兼頼が政治の拠点をこの地に置き政治が安定してくると、土地売買の文書などに山形という地名が改めて見えてくるようになったとか。。

仙山線の「山寺」の駅に降りた時にそれまでの作並の地で感じていた気温とは明らかに違うことを一瞬で体感いたしました。
「寒い。」
僅か二駅でこんなにも気温が違うとは。
確かに大きな山を越えてきたこともございますが、これほどまで温度が違うとは。
確かに先の平泉も寒かったですが、そこよりも遥かにもう一段寒くした感じ。
山寺は、この旅では一番寒く感じた場所でございました。
しかしこの寒さが後ほどひと足早いクリスマスプレゼントのような感動を
与えてくれることになるとは、この時点では全く思ってもいませんでした。

山寺、正式名の
立石寺(りっしゃくじ)は、山形県山形市にある天台宗の寺院で山号は宝珠山。
本尊は薬師如来。山寺(やまでら)の通称で知られ、古くは「りうしゃくじ」称したそうです。
寺号は詳しくは宝珠山阿所川院立石寺(ほうじゅさんあそかわいんりっしゃくじ)と称するそうでして、
立石寺の創建について、寺伝では貞観2年(860年)に清和天皇の勅命で円仁(慈覚大師)が
開山したとされておられます。
駅のホームから前方に宝珠山が遠くに見えます。
そしてよく目をこらすと小さな建物が其処彼処に山肌に沿って佇んでいるのがわかります。
あれが噂に聞く「山寺」ですか。遂に来たんですね。
胸の高鳴りが尋常ではありません。
暫しの間冷たい冷気漂うホームから辺りを見回し、改札口に向けて歩を進めました。

さすがに12月の初頭のこの時期になりますと、山寺に訪れる人も少ないのか、我々を含めて駅に降りたのは4人ばかりで閑散として改札を出ました。
駅前の通りに出ますと両側に手打ち蕎麦のお店がございましたが、後で寄りたいと思ったのですが、あいにく戻る頃の時間でもまだ開いている時間ではなさそうでしたので、些か心残りのする感じではありました。
先に進みますと前方に立谷川という川が流れていて、その上を宝珠橋という橋が架かっておりました。
雨が降っていたこともあるのか、橋から下を覗きますと水流がかなり勢いよく流れておりました。川沿いの木々の雰囲気も既に紅葉の時期も終わって、冬枯れを感じさせるものがございました。
立石寺の入り口らしきところに着きますと、上へと石段の坂になっておりました。
側に寺の説明書が書かれた立て看板がございまして、それを読んで見ますと、江戸時代にこの地を訪れた松尾芭蕉さんの有名な句が書かれておりました。それを読んでいるだけでも胸の高まりが大きくなって来ております。では上に上がっていきましょう。ここからあの有名な山寺の石段が始まったのかと思いましたら、違いました。
上に上がって暫く歩いて見ますと立石寺の根本中堂がございまして、その先に山寺の始まりとなる山門がございました。

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