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あなたと越えたい天城越え パート2

今回訪れることになりました伊豆。
その「伊豆」の名前の由来を調べて見ますと諸説あるようです。
 1. 温泉(湯)が「出づる」国(つまり湧泉地)であったから
 2. 海のほうに「出る」地形で、突出した半島だったところから
 3. 熱海の「井津」という地名から(「井」は湧水地、「津」は船着き場の意味と考えられる)
・・・などが挙げられるそうであります。
奈良時代の律令によって現在の「伊豆」、つまり当て字で呼び名を再現した名称へ変化したと考えられているそうであります。

また今旅のメイン、天城地方。
所謂、天城山周辺を指す地域についても調べて見ました。
天城山(あまぎさん)は、静岡県の伊豆半島中央部の東西に広がる山だそうです。
天城山は連山の総称だそうで、天城連山や天城山脈と称されることもあり、日本百名山の一つに挙げられております。
伊豆半島最高峰の万三郎岳 1,406m、万二郎岳 1,299m、遠笠山1,197m等の山々から構成されていて、東西の山稜部は富士箱根伊豆国立公園に指定されているそうです。

また天城の名前の由来を調べて見ますと、
天城山は古来から多雨地帯であるそうでして、「雨木」という語が由来であるとする説があるようです。また、 葉に多くの糖分が含まれているアマギアマチャ(天城甘茶)という、ヤマアジサイに近い種類の植物があり、日本国内にはこの葉を乾燥して甘茶をつくり薬用や仏事に用いる風習が残る地方があり、そのアマギアマチャが伊豆の山地に多く自生しており、かつて天城山周辺の住民にも同様の風習があったために天城山の名になったという説があるそうであります。

川端康成氏。
鎌倉幕府三代執権の北条泰時氏を始に持つ川端家。
名家に生まれた川端康成氏は川端家31代目の当主であったそうであります。
しかしその名家に生まれた川端康成氏でありましたが、その少年時代は
は波乱万丈を字で行くがごとく、その物すごすぎる運命に驚かされました。


大阪市北区の開業医の家に生まれるも、3歳の時に両親が相次いで結核に罹り、
この世を去られ、その後父方の祖父母に育てられるも祖父母も15,6歳頃には
相次いで亡くらられ、唯一の兄妹であった川端氏の姉も同じ時期に心臓の病で
この世を去られ、16歳にして、孤独の身になられれてしまったそうでございます。

祖父母が残してくれた小さな家を売り、それを元手に猛勉強をして
なんとか一高(東京大学教養学部の前身)に進み、その後の人生を切り開かれた 川端康成氏。
氏が書いた過去の書物を通して、僕自身寂寥をというものを何となく全体から受けるトーンとして
感じておりました。
今回、氏が一高時代に訪れた天城湯ヶ島を巡ることにより、何が自分の中に植え付けられることに
なるのか、色々感じていければなと思う次第でございます。



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