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節分と恵方巻き

節分。各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことだそうで。節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多くなったとされます。
季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための悪霊ばらい行事が執り行われるようになったのは室町時代からだそうでして、結構歴史があるもんですね。。
節分の行事は宮中での年中行事であり、室町時代に炒った豆で鬼を追い払う行事となって、近代、宮中行事が庶民に採り入れられたころから、節分当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を戸口に立てておいたり、寺社で豆撒きをしたりするようになったそうであります。

恵方巻き。
、節分に食べると縁起が良いとされる太巻き、またはそれを食べる大阪を中心とした風習。別称として「丸かぶり司」「恵方寿司」「招福巻」「幸運巻」「開運巻き寿司」などと表現されることもあるそうでして、近年コンビニなどで、全国的に売られるようになり、商戦が活発となってきた経緯があります。
歴史的には意外と古いそうでして、江戸時代末期から明治時代初期において、大阪の商人「船場の商人」による商売繁盛の祈願事として始まったという説と「船場にある階段の中段で女性が太巻きを丸かじりして願い事をした」という説があるそうであります。

戦後に一旦廃れたが、土用の丑の日に鰻を食べる習慣に対抗する販売促進手段として、1949年(昭和24年)に大阪鮓商組合が戦前に行われていた「節分の丸かぶり寿司」風習の復活を決定。

1955年(昭和30年)頃、「元祖たこ昌」代表取締役・山路昌彦が当時行っていた海苔販売の促進活動の一環として恵方巻を考案。

1973年(昭和48年)から大阪海苔問屋協同組合が作製したポスターを寿司屋が共同で店頭に貼り出し、海苔を使用する太巻きを「幸運巻ずし」として販促キャンペーンが展開された。1974年(昭和49年)には大阪市で海苔店経営者らがオイルショック後の海苔の需要拡大を狙いとして節分のイベントで「巻き寿司早食い競争」をはじめたこと、1977年(昭和52年)に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った海苔の販売促進行事、そのイベント「巻き寿司早食い競争」がマスコミに取り上げられたこと、関西厚焼工業組合も同時期頃に宣伝活動を開始したこと、などが契機となって、徐々に知名度が上がっていったそうであります。

最近ではコンビニ以外でも、多くのおすし屋さんの店頭で恵方巻きの御予約募集の張り紙が目に付くようになりました。僕はまあ、日ごろ太巻きを食べる人が少ないので、ああいう習慣は確かにいいよなあと思っておりますが、
切らないで食べるというのは、喉がつかえてあんまり身体に良くないのではと思っております。まあ、なるべく
慌てずにゆっくりおいしく食べていただいたらなと。←クリック

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