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隅田川の桜

隅田川沿いの桜。
昨日の仕入れの帰りに、ちょいとどんな具合か
車を停めて、見に行ってみました。
CADG5DUX.jpg
近くで見ると、こんな感じの蕾状態。
例年ならもうとっくに咲き誇っている状態
なんですが、今年はやはり寒い陽気が続いて
おりましたので、遅いですね。
CA0Z3VBZ.jpg
今度の土日あたりがたぶん見所になるんじゃないでしょうか。

この際せっかくですので、隅田川の桜の歴史について少し調べてみました。
江戸時代のある書物によりますと、
「上野は高尚・向島は粋・飛鳥山は野暮・御殿山は野卑」とランキングされたほど、
こちらの隅田川沿いのその桜は名所として江戸の庶民の人々に愛されていたものの
ようでありました。
隅田川の桜木は徳川四代将軍家綱さんが隅田川御殿跡(鐘ヶ淵の木母寺の辺り俗称向島)に植えたことから始まり、享保二年(1717)八代将軍吉宗さんが墨堤を踏み固めさせる目的で桜並木100本の植樹を命じ、さらに同十一年
(1726)桃・柳・桜を各150本植え、隅田村の阪田家に世話を命じ、さらに同十七年(173
2)に寺島村から木母寺までの桜並木が完成したものだそうであります。
その後文化年間(1804~17)に向島百花園の主佐原鞠塢氏、
朝川黙翁氏、中山卜鄰氏らが150本、天保二年(1831)阪田七三郎氏が200本を増植したので、同
三年(1832)までに三囲神社まで延長したそうで。しかし弘化三年(1846)の大洪水で堤が決壊、
須崎村の宇田川総兵衛氏が私費で修築したのだとか。その義に感じた村人が総兵衛氏の行為を顕彰して150本、
安政元年(1854)阪田七三郎氏が200本を植え旧観を復したものだそうです。
 明治になりまして、大倉財閥の大倉喜八郎氏、成島柳北氏が安田財閥の安田善次郎氏が、川崎八右衛門氏らが出資し、村人の協力を得て「墨堤の桜」はついに完成したそうでございます。
その後、
昭和42年その桜木たち260本は首都高速道路向島線の敷設のために移転を余儀なくされ、
台東区谷中・北区染井の両墓地に移植されたそうであります。
ちなみに隅田川沿いの桜は全て、ソメイヨシノという種類のさくらだそうでして、
「ソメイヨシノ」というのは、
江戸幕末に染井(北区)の植木屋さんが「大島桜」と「江戸彼岸桜」を交配して作った雑種で、
初めは「吉野桜」の名で売り出して、後に「ソメイヨシノ」という名前に変わったものなんだ
そうであります。
なるほど、隅田川の桜も色々な方々の支えで今に至っているんですね。←クリック



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