FC2ブログ
ご機嫌いかがですか?
いま、そのときに思っていること、感じたことを、述べたらなと思う次第であります。

プロフィール

こみけん

Author:こみけん
FC2ブログへようこそ!



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



最近の記事



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



寺島茄子

僕の住んでいる東向島という町は、昭和30年代の終わりごろまでは、寺島町という名前でありました。
その寺島という名前の歴史は古く、この地にあります、蓮花寺さん法泉寺さんというお寺さんが
がそれぞれ建立された、鎌倉から室町時代にかけてより、この地が当時、川中島のような地形だったことにより、この二つのお寺さんがある島ということで、寺島という名前がついたそうであります。
逆に今、地名として使われております向島という名前は、
「大川向こうの島」つまり「浅草の対岸の意」としている。元は3代将軍徳川家光さんのころ、幕府の
野菜畑が、現在の鐘ヶ淵中学校の一帯にあって、「御前栽畑」といった
やがて木母寺西、都営住宅と東白髭公園が接する辺りに建てられた「隅田川(関屋)御殿」のお庭(御
前栽畑)を、幕府が正式名称として「向島」と呼んだことに始まり、江戸市民がこの御殿周辺の地
を「向島」と呼び習わすようになったそうであります。(隅田川叢誌・墨田区史より抜粋)

昭和40年以降、寺島から向島の東にあるという意味で、地名を東向島という名称に変わりました。今では寺島という名前は、僕の母校である、第二寺島小学校と、第一、第三のそれぞれの小学校の名称にあるだけとなってしまいました。
CATESBU4.jpg
僕自身、はっきり言って、向島という名前は嫌いであります。
どうも自分たちが付けたというよりも、浅草の方面の方から付けられた
という意味合いを強く感じますので、何で今では僕の母校の名前しか
残っていなくなってしまった、鎌倉時代から続く由緒ある「寺島」という名前を
捨ててしまったのか、いまだに残念でなりません。
それを言えば、駅名の「玉の井」が「東向島」に。
「業平橋」が「東京スカイツリー」に、変わったことも、かなり不満に思っております。
まあお上がやることは、昔からセンスがないと言ってしまえばそれまででありますが、
地元民の方々には多かれ少なかれ、僕と同じ意見を持たれている方もおられます。
CAG1U5ZM.jpg
ある種の昔回顧ではありませんが、最近東向島の地元民の方々に、江戸時代にこの地で
作られていた「寺島なす」を復活させようという機運が盛り上がってきました。
これも一種の小さな抵抗かなあと僕なんか思ってしまいます。
近所の八百屋さんを中心にした寺島茄子復活ネットワークが徐々にですが、ある種の
地域おこし的に、少しずつまずは地元の人たちに知ってもらおうと、いくつか栽培されて
出来上がったものをお配りになられておられます。
先日うちの店にも八百屋のご主人さんからいくつかいただきまして、
料理に使ってくださいというご配慮を給わりまして
早速、使わせていただきました。
寺島茄子は、茄子の形が綺麗。なすの色も紫の色がすごくて、
ホント美しい感じで調理するのもなんとなくもったいないくらいに思いました。
八百屋のご主人さんのお話によりますと、皮はちょっと硬いそうなんですが、油を
使った料理との相性はいいということで、まあ夏という季節もありまして、
白トリュフオイルを使った白バルサミコ酢とオレガノ、にんにくを使ったマリネ
を作ってみました。
まあ試食してみた感想は、茄子の味が濃いなあという感じでしたでしょうか。
皮はちょっと硬めではありましたが、寺島だよという強さのある主張は
感じました。
そのうち、何年かすると、この地元を中心に多くのご家庭にも気軽に調理される
日が来るかもしれません。
「寺島」復活してほしいなあ。←クリック

この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://maguro39.blog123.fc2.com/tb.php/924-25bf4609
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)