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横浜シリーズパート2 横浜マリンタワー内「MIZUMACHI BAR」さん 「HOTEL NEW GRAND」さん

横浜という地名は、室町時代の1422年(嘉吉2年)の文献に「横浜村」
という名前で初めて現れたそうであります。

1600年代頃の横浜周辺地図
image010.jpg

地名の由来としては、
上記の地図を見ても分かるように、
「横向きに伸びた浜」ということで横浜という名前が付いたそうであります。

1800年以降、徐々に埋め立てられて、今のような横浜の地が作られるように
なったそうであります。
image009.jpg

横浜港を象徴するモニュメントを建設しようという計画が起こり1961年に建設されたマリンタワー。
高さ106m。12,000トン。灯台を意識したデザインとなっておるそうでして、
、実際に頭頂部には灯台としての機能も併せ持っていたそうであります。ギネスブックにも最も高い灯台として記録されていたそうでしたが、実際に近隣を航行する船舶に対し灯台としての重要度はあまり高くなかったそうで、改装工事の必要もあり、灯台の機能は2008年7月28日未明をもって休止し、廃止されたそうであります。

創業時には「横浜展望塔株式会社」の運営で鳴り物入りで開業し、ピーク時には年間入場者数105万人と多くの観光客を集めた。しかし、その後集客力が減少していき、2005年には年間27万人にまで減少、そのため、2006年10月13日、運営を引き継いでいた「氷川丸マリンタワー株式会社」は入場者減に伴う経営悪化を理由に、隣接する氷川丸とマリンタワーの営業を12月25日に終了した。マリンタワーは横浜市に、氷川丸は日本郵船に譲渡された。

2006年末にいったん営業を終了したマリンタワーは、「マリンタワー再生事業」に基づき、横浜市が改修し、公募された事業者が借り上げる形で外観のリニューアルや屋内の改装などが行われ、開港150周年にあたる2009年の5月23日にリニューアルオープン。外観は紅白からシルバーとブラウンオリーブになったそうで。

2011年1月15日に開業50周年を迎えたそうであります。

CAB9JAA8.jpg
なんとなく僕の地元にあります東京スカイツリーにもデザインが似ているような・・・。
もしかすると、このマリンタワーを設計者の方は参考にした気もします。
このタワーの一階にありますのがIさんが行きつけのお店
「MIZUMACHI BAR}さん。
そのカジュアルな気軽な雰囲気のお店の佇まいに、ハマっ子の人たちのちょっと軽く一杯みたいな
オアシスのような気分で立ち寄られるお店なんだろうなというのが今回初めてお伺いいたしましたが、
よく分かりました。
CAH0B3FA.jpg
お店の雰囲気はいささか軽さを感じる部分も感じますが、しかしびっくりしましたのは、
こちらの店長と思しきバーテンダーさんの腕前。
まずジントニックを初めに飲んで、「おお、これはすごい!」と思わず、Iさんと
目を見詰め合うことに・・。一つ一つのカクテルが隙が無く、銀座のBARレヴェルの腕前。
いやあ参りましたね。ドラフトビールをピルスナーに注ぐ仕草も実に丁寧。
いい仕事をしてるなあと感心いたしました。
CA6VZA2B.jpg
精算のお勘定がまた安いので、びっくりいたしましたが、また横浜に来る機会が
あれば寄せてもらいたいなあと思いました。


横浜のホテルといえば、「HOTEL NEW GRAND]と言われるほど、その圧倒的存在感。
CAXT57IS.jpg
その歴史を見てみますと関東大震災で横浜の多くのホテルが倒壊したのを受け、
横浜市の復興計画の一環として1927年に渡辺仁さんの設計による開業されたそうであります。

開業時から、チャーリー・チャップリンさん(映画監督)やジョージ・ハーマン・ルースさん(ベーブルース)といったスター、皇室や英国王室といった賓客が数多く訪れている。

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1945年に来日直後のマッカーサーさんが滞在したことでも知られている。マッカーサーさんは
第二次世界大戦前、新婚旅行でもこのホテルに滞在したそうであります。

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開業時の総料理長にはスイス人コックのサリー・ワイルさんをパリから招聘し、その補佐には元帝国ホテル第四代総料理長の内海藤太郎さんが就任したそうです。
ワイルさんは、日本で初めてアラカルトという料理を始めた方としても有名な方だそうであります。
またドリアという料理を考案したのもワイルさんだそうで、その後、ワイルさんの跡を引き継いだ
二代目料理長の入江茂忠さんは、ナポリタンと呼ばれるスパゲティとプリンアラモードを初めて
お作りになられたそうであります。
尚、ワイルさんの代表的なお弟子には、そうそうたる顔ぶれの方が
馬場久(日活ホテル総料理長)、飯田進三郎(レストラン・アラスカ初代料理長)、入江茂忠(横浜ホテルニューグランド第二代総料理長)、木沢武男(プリンスホテル総料理長)、小野正吉(ホテルオークラ総料理長)、平田醇(銀座「エスコフィエ」)、渡仲豊一郎(銀座「みかわや」)、水口多喜男(日航ホテル総料理長)、大谷長吉(洋菓子店「エス・ワイル」)、本堂正巳(札幌パークホテル料理長)、石橋豊吉(横浜センターグリル)、林久次(銀座「コックドール」全厨士長)、前川卯一(ロイヤル中洲本店(現「花の木」))など、戦後日本の西洋料理界を牽引する数々の名コックさん達がいたそうであります。

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「HOTEL NEW GRAND」さんの1階にあります「THE CAFE」さんで、
このホテルが発祥のお料理となりました「ナポリタン」をいただかせて
いただきました。
今では喫茶店の軽食メニューの定番メニューともなりました「ナポリタン」。
本家本元のお味は、喫茶店のものとはやはり全然ちがいますね(笑)
トマトケチャップの味ではなくて、
トマトピューレのソースの酸味が全面に出た大人のナポリタンと言った印象でした。
まあ個人的な感想としては、喫茶店のケチャップを使ったナポリタンの方が、好きかな(苦笑)
まあホテルニューグランドさんのナポリタンはちょっと僕には上品過ぎました。←つづく

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